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ドラクエⅪは私が求めていたものだった。

※この内容にはドラクエⅪのネタバレが多分に含まれるため、覚悟のある方のみ読んでください。



 ドラゴンクエストⅪ発売から2週間以上たった。そろそろ頃合いかと思いペンを執る。これはドラゴンクエストを愛してやまない人間がドラクエⅪを遊んだ感想や、あれはこうなのでは?ということを書き尽くすものである。

 7月25日0:00、運命の日。事前にDLしておいたPS4版ドラゴンクエストⅪのプレイが解禁になる時間だ。

 始まる、始まる・・・

 この日を新鮮に迎えるために予備知識はほとんど用意していなかった。私の持っている情報はテレビでやっていたCMの内容のみ。

 まず俺の度肝の抜いたのはOPムービーだった。

 正確に言えばムービーではない、ムービーで掛かっている序曲だ。
序曲というのは皆さんご存知のドラゴンクエストといえばアレ、というあの曲の事である。だがこの時掛かったのは思っていた序曲とは違うものだった。

 「ロト版だこれ・・・噓だろ…そんなことあるのか…」

 ドラゴンクエスト序曲には実はイントロが3パターンある、高らかなトランペットのファンファーレで始まり大層盛り上げまくって始まる「天空版」とホルンなど重低音の強い金管楽器で厳かなファンファーレで始まる「ロト版」、そしてⅨとⅩで使われた「Ⅸ版」の三つに分かれるのだ。

 ロト版の序曲のドラクエは3が最後になっており、オリジナルは1988年発売、リメイクでも1996年ともうはるか昔の事である。

 天空版は天空シリーズに含まれないⅦやⅧでも使用されたこともあり、今回は完全新作ならば天空版もしくはⅨ版のイントロがかかるであろうと私は思っていた。
  
 そう思っていたらかかってきたのはまさかのロト版、度肝を抜かれた。つまり今作は30年ぶりにロトシリーズの話をやるという宣言だった。ロトにまつわる内容以外でこのイントロを使うわけがないのは俺自身よく知っていた。

 ロト版イントロを聞いただけで涙腺が緩んでいる俺にOP最後のシーンがさらに疑問を投げかける。

 「このドラゴンって・・・マスタードラゴンちゃうの?」
 OP最後に大樹が変身して黄金のドラゴンになり飛び立つシーン、シリーズファンにはどうしてもマスタードラゴンに見えてしまう。しかもあの大樹が世界樹なのだとしたら、それは天空シリーズの要素やぞと。

 混乱が加速する。ロトシリーズと天空シリーズが実はつながっていた…?そんな馬鹿な、いくら何でもそんな無茶なめぐりあわせをこのタイミングでやるのか…?

 そんな妄想を膨らませまくる、この男OP見ただけなのにもう30分ぐらい脳内で遊んでいるのだ。ドラクエ愛が過去作が少しでも垣間見える部分から情報を膨らませていくのだ。

 そしてゲームを始め、疑問の基本的なところに立ち返る。
 「そんな馬鹿な、ロトシリーズは綺麗に完結している。」

ロトシリーズはドラゴンクエストⅠ、Ⅱ、Ⅲにて紡がれたストーリー
ストーリーの歴史としてはⅢ,Ⅰ,Ⅱの順番に話が流れており、Ⅲの主人公の子孫がⅠの主人公、Ⅰの主人公の子孫がⅡの主人公一行となっている。

 ロトシリーズは綺麗にまとまっており、もし続編をやるとしたらⅢの前日譚かⅡの続きしかないと混乱する俺に追い打ちをかけるストーリー。

 世界の名前がロトゼタシア・・・?ちょっとーーーーーーー!!!!!名前にロト入ってもうてるやん!あかんやんそんなん、そんなんええの?
 ロトの勇者ってそういうこと?そういう土地の名前的な?でもそれがどういうつながり方するわけ?何もう何?

  と、ただただひたすらテンションダダ上がりの私。

 とまあなんやかんやストーリーを進める。なんか不思議とⅢで出てきたモンスター多いな…。あ、ももんじゃ!などとうろつきお城へ。すると勇者は悪魔の子と言われ牢屋へ・・・

 これはテイルズの十八番やぞ、ええのかと思いながらもがいていると、どうやら最初の仲間を発見、カミュと名乗る男の風貌が・・・・

 お前ドラクエⅥの主人公やろ!かわいい妹おるやろどうせ!ライフコッド出身ちゃうんかい。

 とどこかで見覚えある風貌。まあⅥに比べて線は細いし顔つきは悪そう。そんな小悪党とともになんだか宮崎アニメやらMGS3的な脱出劇を経て無事牢屋から脱出。なんかこの脱出→教会目覚めの下りすごくデジャブ……………ドラクエⅤやんけ!

ここからデジャブラッシュが待ち受けているのである。

ホムラの里に入るとジパングだなこれおいこれ

グロッダではⅣの2章、これおてんばひめの冒険だから!しかも敵もⅣ同じという気合の入れよう。

凍り付いた町とかⅥじゃねーかおい

っていうかⅢのオーブ集めが、そのままですやんそのままですやん

ここに今作の賛否両論が待ち受けているのではないかと考える。
 ある意味手抜きと取られても仕方ないこのイベントのリメイク、過去作やってない人にはそのまま、過去作をリアルタイムでやってきた人間には懐かしい、では最近遊んだ人はとなるとどうだろう。まあ懐かしいと思わせながら皆を満足させるのは大変だということ。私としては楽しかったけども。
 というのも、完全にシナリオを模倣していたわけではなく、お約束通りに進むか、それを裏切るかという見せ方も新たにしていた。ヤヤク様が食われた時おらびっくりしちまっただよ。

 そんな中で一つ個人的に思っているのが、「ⅪってⅢのリメイクを作ろうとしてそれが別の形で出来上がってしまった。」という説である。オリジナルのBGMは少なく、かなり多くのⅢの曲を使用しているうえ、演出であったりアイテムであったりはⅢで使えたのではないかと思われるものも多い。
  
 というわけでやや使いまわし感が目立ってしまったが、それをさておいて本編ストーリーの展開はなかなかのジェットコースター感。一回完全にラスボスに負け、世界を闇に突き落とされる。ここから非常に悲しいストーリーが多い。双子の姉妹の片方が死に、主人公はシーマンに、良くしてくれた人魚達は皆殺し、いろんな人たちが魔王誕生の際に死に瀕していた。

 これだけ関わりあった人が死ぬドラクエはあまりない。ドラクエにおける死といえば、Ⅲのオルテガ、Ⅳのシンシア、Ⅴのパパス、マーサと主人公に限りなく近しい人間のみであった。今回は割といろんな場所で死を迎える人が多かったのだ。もちろん後の展開のためにメリハリをつけているわけだが、そうなるとイシの村の人々が皆無事だったというところが弱くなってしまう。
 
 誰の遺体も転がってなかったため、最初からイシの村の住人は死んでいないと自分の中では確定していた。ドラクエがそこまでハードなことしないだろうという考えで到達した発想だったため、他で人死にが多いのはちょっと予想外だった。それにしても他の町はほとんど無事だったのでちょっと違和感ありだったか。

 そしてラスボスを倒しエンディング、ここで話終わりではないよね・・・?という感じがすごい、未回収の案件が多すぎたのだ。そりゃ続きますよねということでタイムスリップすることに。
 
 失われたものを取り戻すために、ウルノーガたちと戦った友や世界を失う勇者。死んだベロニカ達を救うため、単身一度敗れた大樹の前の時間へ戻った。

 ここの展開が熱い、前回ホメロスの不意打ちで敗れた勇者だったが、それをすべて打ち砕き、異形の勇者の剣で闇の力を粉砕。ホメロスをここで叩き潰した。

 一度お城へ戻り、ひと悶着あったのち、無事力が強大化する前のウルノーガを叩き、これで数多の人が死んだ歴史を塗り替えることができた。そこでもう一つの問題が起きる。勇者の星の降下だ。

 崩壊世界では、ウルノーガの手下がカッコよく粉砕した勇者の星。しかし新しい世界ではウルノーガの野望を阻止したため星を破壊するキャラが存在しない。

 正気に戻ったデルカダール王から勇者の星の調査を命じられ、旅立つ主人公達。その瞬間私の全身に電撃が走った。


フィールド曲が・・・


フィールド曲が…


冒険の旅に変わってる…


 冒険の旅とはドラクエⅢのフィールドに出た時の曲であり、その勇ましさと寂しさを兼ね備えた曲調はシリーズ屈指の大人気曲である。

 2004年にドラクエⅧが発売された。その頃の私はこう思っていた。
「Ⅷのような広い世界を冒険の旅をバックに走り回りたい。」

 Ⅲ信者の私の夢が13年越しに叶った。

 あまりの不意打ち、感動が体を震わせる。


 Ⅲの曲が多く使われていたため、当初から期待はしていた。しかし物語も大詰めというところ、もう無理なのかとあきらめていた。
  
 そしてこの瞬間、やはりこの作品はロトの勇者の話なのだと確信をした。

 そしてその後対峙する真のラスボスニズゼルファのセリフは完全にゾーマのそれであり、闇の衣をはぎ取ると勇者の挑戦がかかる演出はまさしくⅢそのもの。

 ボスを倒すとこれまたゾーマと同じようなことを言って終わり。
 ここからEDに入っていく。

 勇者ローシュの元へ無事帰った賢者セニカ、セニカとローシュの子孫が勇者の血筋として後の世界を作り上げていくのだろう。

 そして唐突に表れた大樹の化身聖竜、最後の最後にどういういきさつで今回の出来事が起こったのかを教えてくれる。
 そうかこいつはマスタードラゴンじゃなかったんだな…とほっと胸をなでおろした。

 そしていずれ起こる出来事としてⅠの主人公の姿が。

 そして最後の最後には今回の物語はドラクエⅢ世界でおとぎ話となっており、それを読み終えた母親に16歳の朝起こされるドラクエⅢの主人公のシーンで終わる。

 Ⅲ信者の私、ノックアウト。
 本を閉じた瞬間にわかった、また全身に電撃が走る感覚。
 そのまとめ方は卑怯だ、卑怯なのだ。

 私がⅪをクリアしてすぐⅢをクリアしたのはまた別の話。

 サブタイの「過ぎ去りし時を求めて」は、ストーリーの中でタイムスリップをしたことはもちろんだが、EDにもう一つの意味が込められていると私は解釈している。

 一体どれだけの人間が、本を閉じた瞬間にDQ3の勇者の母だと気づけただろうか?そうかこれは16歳の誕生日の朝なのかと気づけただろうか ?
 この作品はそれに気づいたあなたの過ぎ去りし時を求めたのだ、子供の頃ドラクエを遊んでいたあなたを。

 そしてⅪのクリア後、Ⅲをクリアすることで今回のストーリーの立ち位置を知ることができた。

 Ⅺは正確にはⅠの世界の前日譚にあたるものである。
 ゾーマを倒したⅢの主人公にラダトーム王がロトの称号を授けるとき、「この国に大昔から伝わる勇者の称号である」という説明を行っていたため、この大昔から伝わるという部分が今回のストーリーであると推察できる。そうであればエンディングのようにⅢの上の世界でおとぎ話として本が伝わっていてもおかしくはない。それに加えて聖竜の自分自身が後の竜王であることを示唆した発言や、それに合わせて登場するリメイクⅢのパッケージを意識したⅠ勇者の姿などの合点もいく。

 順番でいえばⅪ→Ⅲ→Ⅰ→Ⅱだが、ⅪとⅢの間には数千年単位で時間が流れている可能性がある。そして竜王にしても聖竜→竜の女王→竜王という流れで誕生するとするならば、同じく聖竜と竜の女王の間には膨大な時間が流れていると予想される。

 問題点を挙げるとするなら、ロトゼタシア自体はどうなったのか、なぜⅢ時点で大樹がないなどもろもろ上がってしまうが、そんなことはどうでもいい。話が明確につながっているはずのⅣ,Ⅴ,Ⅵですら地形や町の名前が全然違うのだ。そんなことはどうでもいいのだ。

 そしてこの問題を解くためにも精霊ルビスがどのようにして生まれたのか、ギアガの大穴の存在と魔王の爪痕がどのようにして生まれたのかの答えが欲しかった。エンディングで出来るシーンがあったらよかったのにね。

 となると次のドラクエではこの部分を語るタイトルが出てきてもよいのではないだろうか…30年越しに話を展開したせいで整合性はかなりずれているため、これを補正する精霊ルビスと当時の勇者のストーリーが一つ必要になってきた。そうⅪとⅢの間のストーリーである。
 
 その時代に勇者がいたことも、ルビスと力を合わせてアレフガルドを作ったことも断片的ながら語られているため、ここでⅪとⅢを結びつけるⅫの誕生を待ちたい。

 そして伝説ははじまった。
 
 この言葉で結ばれるストーリーに2つも出会えるとは思わなかった。
  
 まだ私はドラクエから卒業できそうにない。
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テーマ : ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて
ジャンル : ゲーム

#202 【Deコラム】7月22日の奇跡

 今回は久しぶりにコラムの体裁で一つ書きたいと思う。プロ野球のレギュラーシーズンも終わってすでに1カ月以上が経とうとしている。すでに戦力外通告やFA補強など、ストーブリーグの話題が尽きない。早くも来シーズンの公式戦への恋しさもあるが、今シーズンの試合の中で私が今年感動した横浜DeNAベイスターズの印象的な試合を1試合ずつ取り上げて書きたいと思う。

今回取り上げる試合は7/22対巨人戦。DeNAファンなら大方察しが付くだろうが、やはり今シーズンこの試合を抜きにして語ることはできないだろう。横浜DeNAの大黒柱、筒香嘉智が完全に4番として覚醒した試合である。

交流戦を終え突入した7月。この月筒香は爆発的な打棒を見せた。月間16本の日本人最多タイ記録。7月20日、21日、22日に記録した3試合連続の2ホーマーの最後の1本がこのホームランだ。この試合は延長12回まで続く長い試合だった。両チームの先発は巨人は菅野、横浜は石田ということもあり、ロースコアのゲームが予想されていた。案の定横浜のバッターは次々と菅野の投球に躱されていったが、筒香だけは違った。先制タイムリー加え逆方向へホームランとツーベースの猛打賞で完全に菅野を攻略して見せた。

しかし横浜が奪った得点は筒香の上げた2打点の2点のみ、8回に巨人に追いつかれそのまま試合は両チームともに満塁の好機を作りながらもなかなか得点できない膠着状態のまま12回裏を迎える。打順は3番梶谷から始まる好打順。梶谷筒香と2人左が並ぶこの場面、巨人が送り出したのはベテラン左腕の山口だった。梶谷があえなくセンターフライに打ち取られると、打順は4番筒香に回る。

この日横浜スタジアムに詰めかけたファンは、この延長12回という長丁場でもスタジアムから帰ることなく応援を続けていた。それは筒香の打席がまだ回るに違いないという思いからだっただろう。たった一人の男が、回らないかもしれない最後の打席が、3万人の足を見事に止めて見せたのだ。この時のファンの筒香へ送る期待はまさにチームを背負う選手へ送られるものだった。

巨人の山口-小林のバッテリーはかなり警戒強めた配球で筒香に対峙した。徹底した外角と内角のボールゾーンでの勝負、カウントはフルカウントになった。一発が出ればその時点でサヨナラの場面。多くのファンが、そして山口の球を受けていた小林自身も「ここはもう歩かせる」という判断に達していたのではないだろうか。そしてラストボール、小林が構えたのは外角低めの、あわよくば変化球で打ち取ろうという意思が感じられるゾーンだった。少し欲があったかもしれない、「フォアボールで構わない、ただ打ち取れたら儲けもの」という考えがよぎってしまったのかもしれない。事実筒香の前に梶谷が凡退し、ここでアウトを取れたら引き分けに持ち込める可能性は非常に高かった。その少し脳裏を横切った甘えがコントロールミスを生んでしまったのだろうか。山口が投じたボールは、小林の構えた場所の正反対の逆球となってしまった。内角やや低めに入る少し沈むボールだった。

その甘いボールを筒香が見逃すはずはなかった。

内角の中段のゾーンはまさに筒香のホットゾーン、このゾーンの打率は.448、8本塁打という非常に高い打率を残していた。そのゾーンにボールは吸いこまれるように入って行ってしまった。筒香がフルスイングで捉えた打球は瞬く間にライトスタンドに突き刺さるサヨナラホームラン。一人でチームの3得点全てを叩き出す大活躍。筒香のバットが試合全てを飲み込んだような試合だった。今年は何かが起こる、ファンが今年はAクラスに行けると感じた試合だったのではないだろうか。

 あまりに劇的な幕切れ、この試合に解説で訪れていた中畑清前監督も筒香の成長に目を細めていた。チームの柱になると2012年から重用し成長を促し続けた前指揮官だからこそわかるものがあったのだろう。
 普段は寡黙に徹し、自身の数字に興味を示さない筒香も、勝利に直結したこの一発は、笑顔でダイヤモンドを回るに十分な結果だった。

次はCSでの一戦を取り上げたいと思います。

テーマ : プロ野球
ジャンル : スポーツ

#201 なにが出るかな?「モンスターファーム2」

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PSの名作ゲームは数多い、その中には野心的な試みを持って作られたゲームも散見される。それら名作ゲームの中でもCDという媒体自体に目を付けたゲームがあった。テクモが1997年に発売した「モンスターファーム」である。音楽やゲームの媒体として当時最盛期を誇ったCD。「モンスターファーム」ではCDの総再生時間やトラック数を参照してモンスターを生み出すという画期的なアイディアを用いることで新たな楽しみを盛り込むことに成功したのだ。
CDからモンスターを再生という奇抜な発想の下地を作ったモンスターファームは販売本数も70万本を超えシリーズ化に成功した。そしてそのシリーズで最も評価が高いのが今回取り上げる「モンスターファーム2」だ。

大まかな目的としては、プレイヤーは新人ブリーダーとしてスタートし、CDから生まれたモンスターを育成、定められた公式戦を勝ち抜き、最終的には最高難易度の四大大会を制覇し、名人の称号を手にすることが目標になる。

モンスターのタイプだけで38種、総計400種類近くのモンスターが登場する本作はシリーズ内でも圧倒的に登場するモンスターの数が多い。さらにはCDにちなんだモンスターの名前や(例、反町隆史のシングル「POISON 〜言いたい事も言えないこんな世の中は〜」を再生するとピクシー×???のポワゾンが登場する等)CDの名前にちなんだステータス(JUDY&MARYの「くじら12号」を再生すると、グジラ×ピクシーのピンクグジラが再生され、ステータスが全て12で出現する等)ユニークな仕掛けもある。

1年を52週間で構成され、1週に1回育成、休養、大会、アイテムの内どれかを実行できる。(アイテムはモンスターに与えても週の経過はないが、1週に与えられるアイテムの数は一つだけ。)
モンスターファーム1では、使用可能なアイテム数などに制限がないため、容易に長寿命のモンスターをそろえることが可能だった。つまるところまだ洗練されていない部分が多く、それを見事に打破したのがモンスターファーム2だった。

モンスターによって幅はあるが、おおよそ4~6歳までの寿命の中で、モンスターを育てあげることになる。戦闘で有利になるガッツ回復のスピードや寿命などはモンスターによって個体差が大きく。短命な種族でも、長命な種族と掛け合わせると(例ピクシー×プラント)1年以上寿命が延びたり、ガッツ回復のスピードがあがったりするため、最初のモンスター選びは非常に重要な部分でもある。
しかし根気よく育てればどの種族のモンスターでもクリアは狙えるため、モンスター愛こそがすべてといっても差し支えないだろう。ただ傾向としてはバランスの良いタイプやパワーや頑丈さを売りにしたタイプより、命中と回避が高いヒット&アウェイ型が一番安定して勝利を目指せるのではないかと考える。(終盤の相手の攻撃は威力が高く、何より当たらないことがベスト。ただやたらと命中と攻撃力が高いキャラがいるため、結局どこかで苦戦を強いられる可能性は高い。)
特に対戦で重要となるガッツゲージの駆け引きは熱い、モンスターは技を出すために必ずガッツというMPのようなものを消費する。これは初期値が50からスタートし、時間の経過ごとに回復していく(上限は99)。この数値が高いほど技の命中率も上がり、ダメージも増加する。しかし技を使って消費したり、相手の攻撃を食らうと数値も減る。大型でパワータイプのキャラは往々にしてガッツの回復スピードが遅く、スピードや賢さが売りのタイプのキャラはこの回復スピードが高い傾向にある。技の中には相手のガッツを大幅に下げる技もあり、これらを駆使することで相手に何も行動をさせずに勝つこともできる。ガッツ回復が早いという特性は紛れもなく圧倒的なアドバンテージであり、初心者はまずガッツ回復が早いキャラを育成するといいだろう。

 今でもついつい遊んでしまう完成度の高さはまさに名作、今ではPS3のゲームアーカイブなどで配信されているため、最近のゲームに飽きた人は遊んでみてはいかがだろうか。



テーマ : レビュー・感想
ジャンル : ゲーム

#200 さらばハマの番長「三浦大輔」

 9月20日、衝撃的なニュースが駆け巡った。横浜DeNAベイスターズの三浦大輔選手が引退会見を行うというものだった。1992年から2016年までの25年間を横浜で過し、現役最後の横浜大洋ホエールズ在籍経験を持つ選手だった。そして投手として24シーズン連続安打のギネス記録を保持しており、23シーズン連続勝利のNPBタイ記録も保持している選手だ。
現在NPB現役最年長選手でもある三浦は今シーズン2度先発していたものの、4回6失点と4回2失点で降板しており、どちらも負け投手となっている。本人も二度目の先発である阪神戦にて勝利できなかったことが引退を決意した理由と語っており、試合後GMや監督、オーナーに引退を申し入れたという。チームメイトには初のCSを決めた9月19日の試合後に引退を発表、その翌日に会見を開いた。引退理由としては非常にシンプルな内容、「自分の投球で勝てなくなった。」と語り、自分の引き際を悟ったという。

通算172勝184敗、長く弱小チームのエースを務めた三浦は12の負け越しを記録している。通算3000イニング以上を投げ、球団史上としても3番目の勝利数を挙げている球団史に残る大エースが負け越しているというのは、まさにベイスターズというチームを表しているように思う。インタビューなどで他の球団ならば200勝できたのではないかと問われるが、「俺は横浜の三浦大輔」と断言し、たらればを許さない。何よりその真摯な姿勢がファンを惹きつけてやまなかった。

三浦は奈良県出身、高田商業高校時代は甲子園出場はかなわなかったものの、1991年のドラフトで横浜大洋ホエールズに6位指名を受け入団。今や背番号18は三浦の代名詞でもあるが、入団当初の背番号は46だった。
リーゼントをビシッと決めているせいでヤンキーと思われがちだが、実は人格者というギャップが面白い三浦、しかし高校時代は本当にヤンキーだったとのこと。一度高校一年時に不登校と退部騒動を起こしたこともあった。ちなみにリーゼントを始めたのはプロ入り以降、広島から上京し横浜に降り立ちロックバンドとして大成功した敬愛する矢沢永吉のキャロル時代のスタイルをまねた
 高卒ドラ6ながら入団一年目に一軍で登板機会を与えられた。1992年10月7日の巨人戦、くしくも翌年から横浜ベイスターズに球団名が変更され、消滅することになった横浜大洋ホエールズ最後の公式戦で、ホエールズのエースだった遠藤一彦の引退試合だった。
「俺もあんな引退試合をしてもらえる選手になる。」と決意した三浦、その活躍はまず自分の実力を理解するところから始まった。特別に早いストレートもなければ、すさまじい変化球もない、そんな三浦が活躍するために徹底的に鍛えたのはスタミナとコントロール。変化球を絶妙にゾーンに出し入れするピッチングと、内角いっぱい外角いっぱいにズバリと投げこむストレート。そして相手のタイミングを完全に狂わせる100km/h未満のスローカーブで見逃し三振を量産した。通算与四球率は2.42、まるで技巧派のようなふれこみではあるが、通算奪三振は2481個を記録しており、これはNPB歴代9位の記録であり、高い奪三振能力を示している。そして通算イニングは3276イニングを投げた。ここ20年で3000イニングを超えたのは工藤公康と山本昌の二人だけであり、戦後間もない選手の記録がひしめく投球回記録でも歴代18位という高い数字を残している。つまりは安定して長期間活躍したことの証であり、三浦が長い間戦力として第一線をキープしていたという証明でもある。

1995年から先発ローテ入り、97年に10勝を挙げ初の2ケタ勝利、翌98年から代名詞となった背番号18に変更し、12勝を挙げリーグ優勝に貢献。しかしこのころから三浦は肝機能障害に悩まされしばし離脱するケースが増える。日本シリーズの登板では、制球に苦しみ早い回でノックアウトされる。本人も日本シリーズで結果を残せなかったことを非常に悔いており、いつかリベンジをと燃えていた。2000年頃からチームのエースとなる、右肘の骨片除去手術などで一時離脱もあったものの、2004年のアテネ五輪メンバーに選出。銅メダルを獲得した。翌2005年は200イニング以上を投げ、最優秀防御率と最多奪三振の2冠を獲得し、初のタイトル奪取となった。しかし翌2006年に三浦に試練が降りかかる。

2006年から不正投球の規定が厳格化され、2段モーションがボークに判定されるようになった。三浦も2度足を上げる2段モーションで投球を行っており、唐突なフォーム改造を余儀なくされることになった。(同じく当時楽天イーグルスの岩隈久志もフォーム改造を余儀なくされ、この年成績を落としている。)しかし三浦は勝ち越しこそ果たせなかったがこの年リーグ最多完投と最多完封を記録し200イニング以上を投げている。

2008年、三浦の心は大きく揺れ動いた。2003年からの6年契約が満了しFAを行使することを発表、幼少期からのファンであった阪神タイガースとの移籍交渉が行われた。当時の状況で言えば、阪神は強打の優勝候補であり、横浜は3番に.378のハイアベレージを残し首位打者を獲得した内川、本塁打、打点の2冠を取った村田、30本放つ若手の5番打者の吉村というクリーンナップを擁してなお最下位という暗黒真っただ中にあった。優勝したいという気持ちと横浜ファンの残留を願う声に相当な葛藤があったに違いない。三浦はここで残留を発表、ファンの声と阪神側の失言への怒りでFAを思いとどまり「横浜で勝ちたい」と会見した。

しかし2008年時点ですでに34歳を迎えていた三浦、ここから思うような成績をなかなか残せなくなり始める。翌2009年は195イニングを投げ11勝11敗と存在感を見せたものの2010年はまさに試練の年、開幕から不調が続き16年ぶりに100イニングを下回る投球回と3勝8敗と大きく負け越してしまった。2011年も開幕に出遅れ夏場から1軍復帰、わずか5勝でチーム最多勝という非常に苦しいチーム状況の中投げ続けた。そしてここで親会社がTBSからDeNAに変わり、チームは新しい船出を迎えることになる。

2012年、横浜DeNAベイスターズの初年度となったこの年は三浦にとってもメモリアルな一年となった。4月1日に勝ち投手なり、DeNAベイスターズとしての初勝利を掴みとると7月には巨人戦にて勝利を挙げ通算150勝を達成し、前半戦で8勝を挙げるなど好投を続けた。しかし後半戦に入るとなかなか勝ちに恵まれず1勝どまりとなり、3年ぶりの二桁勝利はならなかったものの、リーグ最多の6完投を記録し健在っぷりを見せつけた。

2013年も9勝を挙げたものの、13敗と4つ負け越しを記録。この年はベイスターズ打線がリーグ最多得点を挙げた年だったが、三浦も最多敗、最多被安打、最多被本塁打、最多失点、最多自責点を記録してしまった。しかし175イニングを投げ防御率自体は3.94というまずまずな数字を残しており。球団最年長記録である39歳3カ月での完封勝利も記録している。

2014年からは選手兼投手コーチの肩書が新たに加わることになる。そして今季から中10ローテでの登板ペースに変更、春先は思うように勝ちが伸びなかったが、8月に入るとフル回転、ローテーション間隔も詰め月間3勝0敗、防御率1.20 1完投を記録し月間MVPに輝く活躍を見せる。2015年も同じく中10ローテで回り6勝6敗を記録。この年に安打を放ち、23年連続安打を記録、投手記録としてはNPB史上最長となった。そして山本昌や斉藤隆、谷繁元信など、三浦以上の年齢の選手が相次いで引退を発表し、NPB史上最年長選手となった。

そして迎えた2016年、ベイスターズの先発投手ローテは開幕から安定しており、ついに三浦が割って入る余地がなくなった。投手コーチに就任してからは、「自分に出番がない状態が理想」という旨の発言も行っていたため、三浦コーチの願いがかなった瞬間でもあったが、逆に言えば選手三浦としては引き際を悟る瞬間でもあったに違いない。7月に入ると山口の負傷離脱と今永の疲労による2軍落ちと変則日程もあり、ついに登板機会を得る。

7月11日の中日戦に、プロ野球新記録となる24年連続勝利の記録を懸けて先発登板。しかし突きつけられた現実は厳しいものだった。4回6失点、6失点はすべて初回に取られたものだった。その初回はまさに悉くどの球種も痛打されるというもので、現在の三浦の状態を表していた登板となってしまった。そんな中でも安打を放ち連続安打記録を24年に伸ばし、メジャーリーグ含めた最長記録を更新したため、ギネス世界記録に認定された。そして試合翌日に登録抹消、再度2軍での調整を余儀なくされる。
2度目の登板は9月16日に訪れた。対阪神戦、初回に福留に2ランを浴び2点を失うものの、失点はこれのみに抑え5回2失点で降板。しかしこの後DeNAは逆転できずそのまま敗戦する。前述のように自身の投球で勝てなくなったと悟り、この日に引退を決意しオーナーとGM、そして監督にその意向を伝えた。そして9月20日に引退会見を開き、ホーム最終戦にて先発しこの試合を最後に引退すると発表。異例のガチンコ引退試合となった。  

そして迎えた9月29日のヤクルト戦、横浜の選手は全員背番号18を付け試合に臨んだ。初回に両チーム1点ずつを取り合い迎えた2回。この日1軍初出場初スタメンで出場した廣岡大志に初打席初ホームランとなる3ランを献上してしまい、2回4失点。しかしその裏、三浦自身のヒットから打線がつながり一気に4点を奪い逆転、チームの三浦に勝たせたいという気持ちが形となったような攻撃だった。
しかしその後も三浦はヤクルト打線につかまり、6回終了時点で10失点。公式戦の登板としては自己最多失点となった。そして迎えた7回先頭打者の雄平にストレートを3球投げ込み空振り三振。号泣する捕手の高城につられてか最後は三浦も涙を浮かべながらのピッチングとなった。
結局最終戦はこのまま終わり、NPB新記録である24年連続勝利は逃したが、三浦大輔が横浜に残してくれたものがたくさん詰まった試合となった。最後の引退セレモニーでは「これからも三浦大輔はずっと横浜です、ヨロシク!」と締め、背番号と同じ18回空を舞った。そして三浦の付けた背番号18は「横浜ナンバー」と位置付け、準永久欠番扱いとなり、三浦と球団が跡を継ぐに相応しい選手が現れた時に判断をし、その番号を譲る形となった。

何よりファンに愛され、ファンを愛した三浦大輔の引退にふさわしい舞台だった。ラミレス監督の粋な計らいと、全力で三浦のピッチングに答えたヤクルト打線、三浦に引導を渡すという意味ではこれ以上ないものだったのかもしれない。打たれてもなお立ち向かうハマの番長の背中はやはり大きかった。

これからベイスターズは日本シリーズ出場を懸けてCSを戦っていく。三浦を日本シリーズで胴上げする最後のチャンスでもある。これからのベイスターズを担う選手たちに大きな期待をかけて、そしてこのCSを全力で戦い抜いてほしい。

テーマ : プロ野球
ジャンル : スポーツ

#199 大願成就「今年の横浜DeNAベイスターズを振り返る後編」



そしてシーズン折り返しにあたる7月、頼れるキャプテンのバットが火を噴く。6月終了時点で16本塁打をマークしていた筒香、対する山田は26本をマークし独走、本塁打王はもうすでに決まったものと思われていた。どうしても比較されやすい両者だったが、山田が交流戦でパ全球団からホームランを放つなどド派手な活躍をしていたこともあり、16本中15本をハマスタで打っていた筒香は「ハマスタ専」のレッテルを貼られていた。しかし筒香はこの7月、周囲の度肝を抜く活躍を見せる。月間成績は.429 16本 31打点という衝撃の数字が並んだ。月間16本は球団記録、7月19日20日22日の3試合で史上初3試合連続1試合2ホーマーと月間6度のマルチホームランの2つの日本記録を打ち立てた。さらにはこの月に行われたオールスターでも2ホーマーを放ち圧倒的な存在感を見せつけた。夏場に差し掛かり投手陣に疲れが見えてきたこのタイミング、筒香の勢いに引っ張られるように打撃陣全体が上向き、打撃戦をものにすることが出来た。そして個人成績でも、10本差つけられていた山田に追いつき、本塁打王争いのトップに立ったのだ。
7月はチーム防御率が大きく落ち込んだものの、打線の頑張りもあって14勝10敗と四つの勝ち越しを決めた。 

一抹の不安を感じつつ臨んだ8月、後半戦はエース山口不在の中始まった。このあたりからついに中継ぎ陣に綻びが見え始める。絶対的守護神だった山崎康晃の不調が深刻化してきたのだ。8月頭の阪神戦。この3試合、3タテ出来たはずの試合運びだったが、その内2試合で山崎が打ち込まれ逆転負け、さらには次のカードの中日戦でも山崎が逆転を許した。1週間で3度のセーブ失敗は非常に大きく、いまだかつてないその不調にラミレス監督は配置転換を決断、一時的に須田、田中を日替わりでセーブ機会に登板させる策を取った。7月あれだけ猛威を振るった打線も8月に入ると一気に湿りがちになり、先発が初回に炎上していきなり試合を終わらせてしまうケースも一気に増加した。極めつけは4位阪神と3.5ゲーム差で臨んだ8月23日~25日の3連戦。初のCSに向けて何としても踏ん張らなくてはいけないこの3連戦であまりにみじめな3連敗を喫する。ついぞ迫るは0.5差、明日にでも順位が変わってもおかしくないこの状況で一つ意地を見せたのはDeNAだった。
次の日からの巨人3連戦をなんと3タテで突破する。運よく阪神は3連敗を喫しており、この時点でゲーム差がまた3.5に戻ったのだ。その次の広島戦でも3タテをくらったものの、阪神も同じく泥沼の連敗劇でゲーム差は縮まらず。逆に5位のヤクルトが盛り返し4位を取り戻したのだった。8月は9勝15敗の6つの負け越し、非常に苦しい月だった。

そして4位ヤクルトと2.5ゲーム差で突入した勝負の9月、ここで踏ん張りを見せたのは先発陣だった。9月2日から甲子園で迎えた阪神3連戦、今年のベイスターズは非常に阪神に分が悪くこの時点で5勝13敗と8つも負け越していた。先のカードでも3タテを食らっていたためイヤな雰囲気を持っていたのだが、ここで石田が7回2失点、翌日の山口も7回2失点で2連勝を飾ると、3試合目も今永が好投しロースコアのゲームに持ち込んだ。この3連戦でどこか苦手意識を払拭できたようなイメージがある。続くヤクルトとのCS天王山では裏ローテながら井納が魂の1失点完投で勢いを作ると、三嶋が今シーズン初勝利を挙げる6回3失点で苦手小川に投げ勝つ。しかしまたしても3戦目に好投石田の勝ちを田中が消してしまう。とりあえず無事2勝1敗で勝ち越し、ヤクルトにプレッシャーをかけた。打線もここから調子を取り戻し、投打がかみ合う試合が多くなった。9月13日の試合でヤクルトに大勝し、ここでついにCSマジック6を点灯させた。翌阪神戦も勝ち越し、最後の広島2連戦もロペスの大活躍もあり2連勝を飾り一気にマジックを減らし、無事3位を確定させた。

他球団ファンからすれば、「なんだCSに出たぐらいで」という反応があるかもしれない。しかしこの10年間に味わった屈辱とふがいなさ、昨年味わった呪いのような負けに「Aクラス入りすら夢のまた夢なのか」という気持ちが支配しつつあった。そんな中でようやくつかんだAクラス。チームの成長を見届けてきただけに単純にうれしかった。

今年は若手野手の台頭はもちろんのことだが3割40本100打点を達成した筒香の活躍、自身キャリアハイの30本越えを果たしたロペスの二人の軸がどっしり構えていたのは大きい。そしてショートの倉本も通年で3割打ちながらショートをキープしていたことなど昨年を大きく上回る成績を残した。そして今年何より頑張ったのは投手陣だろう。

まずは山口、開幕前にラミレス監督から早いうちに開幕投手の指名を受けていたものの足首のねん挫で結局お流れになった。ラミレス監督が現役時代に山口を言葉を交わしており、その時に「僕が監督になったら、エースは君を指名する。」というやり取りがあったそうで、その言葉を裏切らない投手起用となった。今季は3度の故障離脱により規定投球回こそ達成できなかったものの、19試合で138回を投げ、平均投球回ではリーグトップクラスの7.2回を記録する。11勝5敗の成績を残すが完投5回、完封3回は圧巻。9回に150kmを投げる抜群のスタミナを誇り、130球までは余裕で投げられると本人は語る。おそらくラミレス監督が一番信頼を置いている投手だろう。シーズン頭は5失点する日などもあったが、シーズン中盤からは非常に安定したピッチングをし、その活躍たるやまさにエース。防御率も2.86と申し分ない数字となっている。問題といえばそのねん挫癖と緩慢なフィールディングだろうか、そこさえ改善されれば12球団でもトップクラスの能力を持っているだろう。今年FAを取得した山口がどのような選択をするだろうか。もしDeNAを抜けるならば、来年は非常に厳しい戦いを強いられることになる。

二人目は石田、昨年シーズン中盤から頭角を現した2年目左腕。今年は開幕から素晴らしいピッチングを展開した。交流戦前までは菅野、岩貞に次ぐ防御率リー3位をキープ。持ち前のキレのあるストレートとチェンジアップのコンビネーションで凡退の山を築く。しかしながらこちらはスタミナが少なく、長くとも7回でマウンドを降りることが多い。後続に勝ちを消されるケースが多く、今シーズンだけでも5度勝ちを消されている。なかなか無援護体質の持ち主だ。そんな中でも150イニング投げたことは評価したい。1年間ローテを守り切った証なのだから、今年は不運にも勝ち星に恵まれなかったが、来年は最多勝狙ってほしい。

三人目は今永、昨年のドラフト1位で入団したまさにゴールデンルーキー。一時は大学NO.1ピッチャーの呼び声も高かったが、故障を経験し横浜が単独指名で獲得。続々と指名回避したチームをあざ笑うかのように好投を繰り広げた。しかし序盤の好投もことごとく味方の貧打に泣かされ、勝ちが付いたのは先発5戦目にして初だった。どうやら対巨人の成績だけは悪いが、その他の球団はすべて1点台に抑えており、特に今年の広島相手に3勝1敗1.65と圧倒的な成績を残している。石田が柔の左腕なら今永は剛の左腕だろう。ストレートやスライダー、カーブを使うそのピッチングスタイルは往年の杉内俊哉を思わせる内容だ。今年注目をさらに集めたのは今永語録と呼ばれるその求道者的な発言の数々だ。「援護がないという言い訳は防御率0点台の投手だけが言える」、初勝利の際には「広島ではなく、過去の自分に勝った」などその自らに厳しく、どこか哀愁のある独特の言い回しは早速プロ野球ファンの注目の的になった。6月末からオールスター明けに掛けて一度休養を挟んだため、規定には少し足りないが、1年目から130イニングで8勝8敗、2.68は非常に立派な成績だと言えるだろう。

先発で言えばこの3人の活躍は非常に大きかった。その他でも規定をクリアした井納は、今年こそ負け越したけれども、来年は2ケタ勝ってほしい。不用意な一発に泣くシーンや、序盤から連打されるシーンもちょくちょく見かけたので、そのあたり修正してほしい。
三嶋は来季に向けていいアピールが出来たのではないだろうか、以前のようなストレートが鳴りを潜めたのは寂しいが、しっかり6回を投げ切って試合を作れることを終盤戦でアピール。来季はローテ入りする可能性も高いだろう。
今期伸び悩んだ印象が強いのは砂田だろうか、シーズン頭はローテに食い込んでいたが、徐々にスタミナ不足と決め球不足に悩まされた。同郷の先輩のヤクルト石川を習って、しっかり投球術と勝負のできる変化球を身に着けてほしい。期待外れだったのはモスコーソと久保だろう。どちらも規定を投げてほしいという期待があったものの、故障で調子が上がらなかったのか、打ちこまれるシーンが目立った。モスコーソは終盤復帰し何とか健在っぷりをアピール、来期に向けて切られることはないだろうが、第一子が生まれたこともあり、頑張ってほしいところ。

そして今年を支えたといってもいい、ブルペン陣だ。

まずは田中健二朗、昨年は後半戦を2軍ですごしかなりのふがいなさを自分で感じていたよう。その反省もあってか今年に懸ける意気込みはすさまじいものがあった。横浜では貴重な左のセットアッパーなだけに、7回のみならず左が続く場面ではスクランブルで登場するシーンも多い、さらには僅差のビハインドでの登板機会も多かった。そんな彼が今年は60試合近く投げてくれたのは非常に大きなポイントだった。9月に入りさすがに疲れが出たか、打ちこまれるシーンも目立ったものの、8月の終わりまで1点台をキープし続けてくれていた。大きく曲がるカーブとスライダー、キレのあるストレートを投げ込む。特にカーブは相手の腰が砕けるような軌道を描き、タイミングをずらす決め球となっている。

そして須田幸太、先発として芽が出なかった須田だが、昨年から中継ぎとして定着。彼も今年60登板を果たした。彼のピッチングで特筆すべきはそのコントロールとストレートのキレだろう。彼のピッチングのコースを見ると恐ろしいほどに外角低めにストレートが集まる。そこを起点にフォークやカットボールで打ち取って行くスタイルだ。今年は自己最速の150km/hもマークし多くの見逃し三振を奪った。須田もスクランブルやビハインドの登板が多く、非常に負担が掛かるポジションだったが見事投げ抜いてくれた。今年は満塁で広島菊池を見逃し三振に切ったカットボールがベストボールだっただろう。

今年全体的に不安を残したのは三上と山崎の2人だった。彼ら二人が1年目に見せた見事なピッチングからは少し残念な場面が目立ったように思う。三上はなんだかんだ2点台に抑えているものの、やはり問題は山崎だろうか。去年の圧倒的なピッチングとツーシームの強烈な変化はなりをひそめてしまった。三者凡退に切った試合の方が少なく、今年は負けが5つもついてしまった。なんだかんだ2人とも60試合に登板しているため、責められないが、もっとできる力を持っているのは横浜ファンが一番知っている。来季はビシッと最優秀ホールドと最多セーブのタイトルをこの二人に持ち帰ってほしい。

そしてビハインドリリーフ陣、ザガースキーがビハインドで一番投げたピッチャーだろうか、とにかくリリーフとして出てくると四球を出す、とにかく出す。勝ち継投で出てこないため負けはなかなかつかないが、防御率は5点台と傷口を広げてしまうケースが多かった。もし代わりになる投手がいるなら連れてきてほしい。小杉は3点台に抑えまあ及第点だが、もう少しイニングを任せてもらえるよう頑張らなくてはいけない。そして一人春先の大変な時期に頑張ってくれた投手がいる、トレードでやってきた藤岡だ。春にやってきて10試合ほど投げて無失点のまま肘の違和感で2軍に落ちてしまった。もし彼が怪我で落ちなければもう少しブルペンが楽になったんじゃないかと思う。昨年活躍した長田や林を欠くという地味に中継ぎが苦しかったDeNA、この急場をしのいだ4投手には頭が上がらない。

そして今年のDeNAを語る上で外せないのは代打成績の良さだろう。8月まで代打成功率3割をキープという異様なまでに頼れる代打陣だった。乙坂山下は4割近い数字を残し、下園はここぞの場面で結果を残した。なぜか白崎も代打で3割以上を残している。そして右の代打の後藤も左投手に弱いのがネックだが、それでも3割近い打率だ。倉本から始まる下位打線でも点が取れていたのは、ひとえにこの代打陣の頑張りだろう。

そして今シーズンやはりDeNAを支えたのはやはり4番の筒香だろう。 .326 43本 107打点(9月25日時点)で本塁打打点の2冠、打率でも3位につけており、圧倒的な打棒を見せつけている。しかも得点圏打率もリーグトップの.389、出塁率も.435でリーグ2位とまさにセ・リーグ最強打者と言っても過言ではないだろう。昨年は.320 26本の数字を残しており、このまま30本打てればいいねと言われていたが、更に筒香は一皮剥けた活躍をしたのだ。昨年までの課題だった広角へ打ち分けるという技術の習得に、筒香は取り組んでいた。プレミア12の終了後、ドミニカのウィンターリーグへ即参戦。メジャーリーガーなども参加するハイレベルなリーグで、ムービングボールやスピードボールへの対策として身に付けたすり足打法。相手の球を見極める時間を長くとることで懐に呼び込み、自然と逆方向への強い打球が打てるようになった。この打法が成熟したのはおそらく6月に入ってからだろう。4月中はなかなか上手く噛み合わなかったのか打率も3割を切っていた。おそらくモノにしたであろう7月以降は前述のとおり、鬼神のような打撃でチームを引っ張った。日本の四番がチームにいるという贅沢さをかみしめたい。

今シーズンも残すところあと2試合、1試合勝てば15年ぶりのシーズン5割以上が決まる。2連勝すれば2位浮上の可能性さえ出てくる。最後の踏ん張りを期待する。そしてCSでの頑張りも期待だ。頑張れベイスターズ。

テーマ : プロ野球
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