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#202 【Deコラム】7月22日の奇跡

 今回は久しぶりにコラムの体裁で一つ書きたいと思う。プロ野球のレギュラーシーズンも終わってすでに1カ月以上が経とうとしている。すでに戦力外通告やFA補強など、ストーブリーグの話題が尽きない。早くも来シーズンの公式戦への恋しさもあるが、今シーズンの試合の中で私が今年感動した横浜DeNAベイスターズの印象的な試合を1試合ずつ取り上げて書きたいと思う。

今回取り上げる試合は7/22対巨人戦。DeNAファンなら大方察しが付くだろうが、やはり今シーズンこの試合を抜きにして語ることはできないだろう。横浜DeNAの大黒柱、筒香嘉智が完全に4番として覚醒した試合である。

交流戦を終え突入した7月。この月筒香は爆発的な打棒を見せた。月間16本の日本人最多タイ記録。7月20日、21日、22日に記録した3試合連続の2ホーマーの最後の1本がこのホームランだ。この試合は延長12回まで続く長い試合だった。両チームの先発は巨人は菅野、横浜は石田ということもあり、ロースコアのゲームが予想されていた。案の定横浜のバッターは次々と菅野の投球に躱されていったが、筒香だけは違った。先制タイムリー加え逆方向へホームランとツーベースの猛打賞で完全に菅野を攻略して見せた。

しかし横浜が奪った得点は筒香の上げた2打点の2点のみ、8回に巨人に追いつかれそのまま試合は両チームともに満塁の好機を作りながらもなかなか得点できない膠着状態のまま12回裏を迎える。打順は3番梶谷から始まる好打順。梶谷筒香と2人左が並ぶこの場面、巨人が送り出したのはベテラン左腕の山口だった。梶谷があえなくセンターフライに打ち取られると、打順は4番筒香に回る。

この日横浜スタジアムに詰めかけたファンは、この延長12回という長丁場でもスタジアムから帰ることなく応援を続けていた。それは筒香の打席がまだ回るに違いないという思いからだっただろう。たった一人の男が、回らないかもしれない最後の打席が、3万人の足を見事に止めて見せたのだ。この時のファンの筒香へ送る期待はまさにチームを背負う選手へ送られるものだった。

巨人の山口-小林のバッテリーはかなり警戒強めた配球で筒香に対峙した。徹底した外角と内角のボールゾーンでの勝負、カウントはフルカウントになった。一発が出ればその時点でサヨナラの場面。多くのファンが、そして山口の球を受けていた小林自身も「ここはもう歩かせる」という判断に達していたのではないだろうか。そしてラストボール、小林が構えたのは外角低めの、あわよくば変化球で打ち取ろうという意思が感じられるゾーンだった。少し欲があったかもしれない、「フォアボールで構わない、ただ打ち取れたら儲けもの」という考えがよぎってしまったのかもしれない。事実筒香の前に梶谷が凡退し、ここでアウトを取れたら引き分けに持ち込める可能性は非常に高かった。その少し脳裏を横切った甘えがコントロールミスを生んでしまったのだろうか。山口が投じたボールは、小林の構えた場所の正反対の逆球となってしまった。内角やや低めに入る少し沈むボールだった。

その甘いボールを筒香が見逃すはずはなかった。

内角の中段のゾーンはまさに筒香のホットゾーン、このゾーンの打率は.448、8本塁打という非常に高い打率を残していた。そのゾーンにボールは吸いこまれるように入って行ってしまった。筒香がフルスイングで捉えた打球は瞬く間にライトスタンドに突き刺さるサヨナラホームラン。一人でチームの3得点全てを叩き出す大活躍。筒香のバットが試合全てを飲み込んだような試合だった。今年は何かが起こる、ファンが今年はAクラスに行けると感じた試合だったのではないだろうか。

 あまりに劇的な幕切れ、この試合に解説で訪れていた中畑清前監督も筒香の成長に目を細めていた。チームの柱になると2012年から重用し成長を促し続けた前指揮官だからこそわかるものがあったのだろう。
 普段は寡黙に徹し、自身の数字に興味を示さない筒香も、勝利に直結したこの一発は、笑顔でダイヤモンドを回るに十分な結果だった。

次はCSでの一戦を取り上げたいと思います。
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テーマ : プロ野球
ジャンル : スポーツ

#201 なにが出るかな?「モンスターファーム2」

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PSの名作ゲームは数多い、その中には野心的な試みを持って作られたゲームも散見される。それら名作ゲームの中でもCDという媒体自体に目を付けたゲームがあった。テクモが1997年に発売した「モンスターファーム」である。音楽やゲームの媒体として当時最盛期を誇ったCD。「モンスターファーム」ではCDの総再生時間やトラック数を参照してモンスターを生み出すという画期的なアイディアを用いることで新たな楽しみを盛り込むことに成功したのだ。
CDからモンスターを再生という奇抜な発想の下地を作ったモンスターファームは販売本数も70万本を超えシリーズ化に成功した。そしてそのシリーズで最も評価が高いのが今回取り上げる「モンスターファーム2」だ。

大まかな目的としては、プレイヤーは新人ブリーダーとしてスタートし、CDから生まれたモンスターを育成、定められた公式戦を勝ち抜き、最終的には最高難易度の四大大会を制覇し、名人の称号を手にすることが目標になる。

モンスターのタイプだけで38種、総計400種類近くのモンスターが登場する本作はシリーズ内でも圧倒的に登場するモンスターの数が多い。さらにはCDにちなんだモンスターの名前や(例、反町隆史のシングル「POISON 〜言いたい事も言えないこんな世の中は〜」を再生するとピクシー×???のポワゾンが登場する等)CDの名前にちなんだステータス(JUDY&MARYの「くじら12号」を再生すると、グジラ×ピクシーのピンクグジラが再生され、ステータスが全て12で出現する等)ユニークな仕掛けもある。

1年を52週間で構成され、1週に1回育成、休養、大会、アイテムの内どれかを実行できる。(アイテムはモンスターに与えても週の経過はないが、1週に与えられるアイテムの数は一つだけ。)
モンスターファーム1では、使用可能なアイテム数などに制限がないため、容易に長寿命のモンスターをそろえることが可能だった。つまるところまだ洗練されていない部分が多く、それを見事に打破したのがモンスターファーム2だった。

モンスターによって幅はあるが、おおよそ4~6歳までの寿命の中で、モンスターを育てあげることになる。戦闘で有利になるガッツ回復のスピードや寿命などはモンスターによって個体差が大きく。短命な種族でも、長命な種族と掛け合わせると(例ピクシー×プラント)1年以上寿命が延びたり、ガッツ回復のスピードがあがったりするため、最初のモンスター選びは非常に重要な部分でもある。
しかし根気よく育てればどの種族のモンスターでもクリアは狙えるため、モンスター愛こそがすべてといっても差し支えないだろう。ただ傾向としてはバランスの良いタイプやパワーや頑丈さを売りにしたタイプより、命中と回避が高いヒット&アウェイ型が一番安定して勝利を目指せるのではないかと考える。(終盤の相手の攻撃は威力が高く、何より当たらないことがベスト。ただやたらと命中と攻撃力が高いキャラがいるため、結局どこかで苦戦を強いられる可能性は高い。)
特に対戦で重要となるガッツゲージの駆け引きは熱い、モンスターは技を出すために必ずガッツというMPのようなものを消費する。これは初期値が50からスタートし、時間の経過ごとに回復していく(上限は99)。この数値が高いほど技の命中率も上がり、ダメージも増加する。しかし技を使って消費したり、相手の攻撃を食らうと数値も減る。大型でパワータイプのキャラは往々にしてガッツの回復スピードが遅く、スピードや賢さが売りのタイプのキャラはこの回復スピードが高い傾向にある。技の中には相手のガッツを大幅に下げる技もあり、これらを駆使することで相手に何も行動をさせずに勝つこともできる。ガッツ回復が早いという特性は紛れもなく圧倒的なアドバンテージであり、初心者はまずガッツ回復が早いキャラを育成するといいだろう。

 今でもついつい遊んでしまう完成度の高さはまさに名作、今ではPS3のゲームアーカイブなどで配信されているため、最近のゲームに飽きた人は遊んでみてはいかがだろうか。



テーマ : レビュー・感想
ジャンル : ゲーム

#200 さらばハマの番長「三浦大輔」

 9月20日、衝撃的なニュースが駆け巡った。横浜DeNAベイスターズの三浦大輔選手が引退会見を行うというものだった。1992年から2016年までの25年間を横浜で過し、現役最後の横浜大洋ホエールズ在籍経験を持つ選手だった。そして投手として24シーズン連続安打のギネス記録を保持しており、23シーズン連続勝利のNPBタイ記録も保持している選手だ。
現在NPB現役最年長選手でもある三浦は今シーズン2度先発していたものの、4回6失点と4回2失点で降板しており、どちらも負け投手となっている。本人も二度目の先発である阪神戦にて勝利できなかったことが引退を決意した理由と語っており、試合後GMや監督、オーナーに引退を申し入れたという。チームメイトには初のCSを決めた9月19日の試合後に引退を発表、その翌日に会見を開いた。引退理由としては非常にシンプルな内容、「自分の投球で勝てなくなった。」と語り、自分の引き際を悟ったという。

通算172勝184敗、長く弱小チームのエースを務めた三浦は12の負け越しを記録している。通算3000イニング以上を投げ、球団史上としても3番目の勝利数を挙げている球団史に残る大エースが負け越しているというのは、まさにベイスターズというチームを表しているように思う。インタビューなどで他の球団ならば200勝できたのではないかと問われるが、「俺は横浜の三浦大輔」と断言し、たらればを許さない。何よりその真摯な姿勢がファンを惹きつけてやまなかった。

三浦は奈良県出身、高田商業高校時代は甲子園出場はかなわなかったものの、1991年のドラフトで横浜大洋ホエールズに6位指名を受け入団。今や背番号18は三浦の代名詞でもあるが、入団当初の背番号は46だった。
リーゼントをビシッと決めているせいでヤンキーと思われがちだが、実は人格者というギャップが面白い三浦、しかし高校時代は本当にヤンキーだったとのこと。一度高校一年時に不登校と退部騒動を起こしたこともあった。ちなみにリーゼントを始めたのはプロ入り以降、広島から上京し横浜に降り立ちロックバンドとして大成功した敬愛する矢沢永吉のキャロル時代のスタイルをまねた
 高卒ドラ6ながら入団一年目に一軍で登板機会を与えられた。1992年10月7日の巨人戦、くしくも翌年から横浜ベイスターズに球団名が変更され、消滅することになった横浜大洋ホエールズ最後の公式戦で、ホエールズのエースだった遠藤一彦の引退試合だった。
「俺もあんな引退試合をしてもらえる選手になる。」と決意した三浦、その活躍はまず自分の実力を理解するところから始まった。特別に早いストレートもなければ、すさまじい変化球もない、そんな三浦が活躍するために徹底的に鍛えたのはスタミナとコントロール。変化球を絶妙にゾーンに出し入れするピッチングと、内角いっぱい外角いっぱいにズバリと投げこむストレート。そして相手のタイミングを完全に狂わせる100km/h未満のスローカーブで見逃し三振を量産した。通算与四球率は2.42、まるで技巧派のようなふれこみではあるが、通算奪三振は2481個を記録しており、これはNPB歴代9位の記録であり、高い奪三振能力を示している。そして通算イニングは3276イニングを投げた。ここ20年で3000イニングを超えたのは工藤公康と山本昌の二人だけであり、戦後間もない選手の記録がひしめく投球回記録でも歴代18位という高い数字を残している。つまりは安定して長期間活躍したことの証であり、三浦が長い間戦力として第一線をキープしていたという証明でもある。

1995年から先発ローテ入り、97年に10勝を挙げ初の2ケタ勝利、翌98年から代名詞となった背番号18に変更し、12勝を挙げリーグ優勝に貢献。しかしこのころから三浦は肝機能障害に悩まされしばし離脱するケースが増える。日本シリーズの登板では、制球に苦しみ早い回でノックアウトされる。本人も日本シリーズで結果を残せなかったことを非常に悔いており、いつかリベンジをと燃えていた。2000年頃からチームのエースとなる、右肘の骨片除去手術などで一時離脱もあったものの、2004年のアテネ五輪メンバーに選出。銅メダルを獲得した。翌2005年は200イニング以上を投げ、最優秀防御率と最多奪三振の2冠を獲得し、初のタイトル奪取となった。しかし翌2006年に三浦に試練が降りかかる。

2006年から不正投球の規定が厳格化され、2段モーションがボークに判定されるようになった。三浦も2度足を上げる2段モーションで投球を行っており、唐突なフォーム改造を余儀なくされることになった。(同じく当時楽天イーグルスの岩隈久志もフォーム改造を余儀なくされ、この年成績を落としている。)しかし三浦は勝ち越しこそ果たせなかったがこの年リーグ最多完投と最多完封を記録し200イニング以上を投げている。

2008年、三浦の心は大きく揺れ動いた。2003年からの6年契約が満了しFAを行使することを発表、幼少期からのファンであった阪神タイガースとの移籍交渉が行われた。当時の状況で言えば、阪神は強打の優勝候補であり、横浜は3番に.378のハイアベレージを残し首位打者を獲得した内川、本塁打、打点の2冠を取った村田、30本放つ若手の5番打者の吉村というクリーンナップを擁してなお最下位という暗黒真っただ中にあった。優勝したいという気持ちと横浜ファンの残留を願う声に相当な葛藤があったに違いない。三浦はここで残留を発表、ファンの声と阪神側の失言への怒りでFAを思いとどまり「横浜で勝ちたい」と会見した。

しかし2008年時点ですでに34歳を迎えていた三浦、ここから思うような成績をなかなか残せなくなり始める。翌2009年は195イニングを投げ11勝11敗と存在感を見せたものの2010年はまさに試練の年、開幕から不調が続き16年ぶりに100イニングを下回る投球回と3勝8敗と大きく負け越してしまった。2011年も開幕に出遅れ夏場から1軍復帰、わずか5勝でチーム最多勝という非常に苦しいチーム状況の中投げ続けた。そしてここで親会社がTBSからDeNAに変わり、チームは新しい船出を迎えることになる。

2012年、横浜DeNAベイスターズの初年度となったこの年は三浦にとってもメモリアルな一年となった。4月1日に勝ち投手なり、DeNAベイスターズとしての初勝利を掴みとると7月には巨人戦にて勝利を挙げ通算150勝を達成し、前半戦で8勝を挙げるなど好投を続けた。しかし後半戦に入るとなかなか勝ちに恵まれず1勝どまりとなり、3年ぶりの二桁勝利はならなかったものの、リーグ最多の6完投を記録し健在っぷりを見せつけた。

2013年も9勝を挙げたものの、13敗と4つ負け越しを記録。この年はベイスターズ打線がリーグ最多得点を挙げた年だったが、三浦も最多敗、最多被安打、最多被本塁打、最多失点、最多自責点を記録してしまった。しかし175イニングを投げ防御率自体は3.94というまずまずな数字を残しており。球団最年長記録である39歳3カ月での完封勝利も記録している。

2014年からは選手兼投手コーチの肩書が新たに加わることになる。そして今季から中10ローテでの登板ペースに変更、春先は思うように勝ちが伸びなかったが、8月に入るとフル回転、ローテーション間隔も詰め月間3勝0敗、防御率1.20 1完投を記録し月間MVPに輝く活躍を見せる。2015年も同じく中10ローテで回り6勝6敗を記録。この年に安打を放ち、23年連続安打を記録、投手記録としてはNPB史上最長となった。そして山本昌や斉藤隆、谷繁元信など、三浦以上の年齢の選手が相次いで引退を発表し、NPB史上最年長選手となった。

そして迎えた2016年、ベイスターズの先発投手ローテは開幕から安定しており、ついに三浦が割って入る余地がなくなった。投手コーチに就任してからは、「自分に出番がない状態が理想」という旨の発言も行っていたため、三浦コーチの願いがかなった瞬間でもあったが、逆に言えば選手三浦としては引き際を悟る瞬間でもあったに違いない。7月に入ると山口の負傷離脱と今永の疲労による2軍落ちと変則日程もあり、ついに登板機会を得る。

7月11日の中日戦に、プロ野球新記録となる24年連続勝利の記録を懸けて先発登板。しかし突きつけられた現実は厳しいものだった。4回6失点、6失点はすべて初回に取られたものだった。その初回はまさに悉くどの球種も痛打されるというもので、現在の三浦の状態を表していた登板となってしまった。そんな中でも安打を放ち連続安打記録を24年に伸ばし、メジャーリーグ含めた最長記録を更新したため、ギネス世界記録に認定された。そして試合翌日に登録抹消、再度2軍での調整を余儀なくされる。
2度目の登板は9月16日に訪れた。対阪神戦、初回に福留に2ランを浴び2点を失うものの、失点はこれのみに抑え5回2失点で降板。しかしこの後DeNAは逆転できずそのまま敗戦する。前述のように自身の投球で勝てなくなったと悟り、この日に引退を決意しオーナーとGM、そして監督にその意向を伝えた。そして9月20日に引退会見を開き、ホーム最終戦にて先発しこの試合を最後に引退すると発表。異例のガチンコ引退試合となった。  

そして迎えた9月29日のヤクルト戦、横浜の選手は全員背番号18を付け試合に臨んだ。初回に両チーム1点ずつを取り合い迎えた2回。この日1軍初出場初スタメンで出場した廣岡大志に初打席初ホームランとなる3ランを献上してしまい、2回4失点。しかしその裏、三浦自身のヒットから打線がつながり一気に4点を奪い逆転、チームの三浦に勝たせたいという気持ちが形となったような攻撃だった。
しかしその後も三浦はヤクルト打線につかまり、6回終了時点で10失点。公式戦の登板としては自己最多失点となった。そして迎えた7回先頭打者の雄平にストレートを3球投げ込み空振り三振。号泣する捕手の高城につられてか最後は三浦も涙を浮かべながらのピッチングとなった。
結局最終戦はこのまま終わり、NPB新記録である24年連続勝利は逃したが、三浦大輔が横浜に残してくれたものがたくさん詰まった試合となった。最後の引退セレモニーでは「これからも三浦大輔はずっと横浜です、ヨロシク!」と締め、背番号と同じ18回空を舞った。そして三浦の付けた背番号18は「横浜ナンバー」と位置付け、準永久欠番扱いとなり、三浦と球団が跡を継ぐに相応しい選手が現れた時に判断をし、その番号を譲る形となった。

何よりファンに愛され、ファンを愛した三浦大輔の引退にふさわしい舞台だった。ラミレス監督の粋な計らいと、全力で三浦のピッチングに答えたヤクルト打線、三浦に引導を渡すという意味ではこれ以上ないものだったのかもしれない。打たれてもなお立ち向かうハマの番長の背中はやはり大きかった。

これからベイスターズは日本シリーズ出場を懸けてCSを戦っていく。三浦を日本シリーズで胴上げする最後のチャンスでもある。これからのベイスターズを担う選手たちに大きな期待をかけて、そしてこのCSを全力で戦い抜いてほしい。

テーマ : プロ野球
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#199 大願成就「今年の横浜DeNAベイスターズを振り返る後編」



そしてシーズン折り返しにあたる7月、頼れるキャプテンのバットが火を噴く。6月終了時点で16本塁打をマークしていた筒香、対する山田は26本をマークし独走、本塁打王はもうすでに決まったものと思われていた。どうしても比較されやすい両者だったが、山田が交流戦でパ全球団からホームランを放つなどド派手な活躍をしていたこともあり、16本中15本をハマスタで打っていた筒香は「ハマスタ専」のレッテルを貼られていた。しかし筒香はこの7月、周囲の度肝を抜く活躍を見せる。月間成績は.429 16本 31打点という衝撃の数字が並んだ。月間16本は球団記録、7月19日20日22日の3試合で史上初3試合連続1試合2ホーマーと月間6度のマルチホームランの2つの日本記録を打ち立てた。さらにはこの月に行われたオールスターでも2ホーマーを放ち圧倒的な存在感を見せつけた。夏場に差し掛かり投手陣に疲れが見えてきたこのタイミング、筒香の勢いに引っ張られるように打撃陣全体が上向き、打撃戦をものにすることが出来た。そして個人成績でも、10本差つけられていた山田に追いつき、本塁打王争いのトップに立ったのだ。
7月はチーム防御率が大きく落ち込んだものの、打線の頑張りもあって14勝10敗と四つの勝ち越しを決めた。 

一抹の不安を感じつつ臨んだ8月、後半戦はエース山口不在の中始まった。このあたりからついに中継ぎ陣に綻びが見え始める。絶対的守護神だった山崎康晃の不調が深刻化してきたのだ。8月頭の阪神戦。この3試合、3タテ出来たはずの試合運びだったが、その内2試合で山崎が打ち込まれ逆転負け、さらには次のカードの中日戦でも山崎が逆転を許した。1週間で3度のセーブ失敗は非常に大きく、いまだかつてないその不調にラミレス監督は配置転換を決断、一時的に須田、田中を日替わりでセーブ機会に登板させる策を取った。7月あれだけ猛威を振るった打線も8月に入ると一気に湿りがちになり、先発が初回に炎上していきなり試合を終わらせてしまうケースも一気に増加した。極めつけは4位阪神と3.5ゲーム差で臨んだ8月23日~25日の3連戦。初のCSに向けて何としても踏ん張らなくてはいけないこの3連戦であまりにみじめな3連敗を喫する。ついぞ迫るは0.5差、明日にでも順位が変わってもおかしくないこの状況で一つ意地を見せたのはDeNAだった。
次の日からの巨人3連戦をなんと3タテで突破する。運よく阪神は3連敗を喫しており、この時点でゲーム差がまた3.5に戻ったのだ。その次の広島戦でも3タテをくらったものの、阪神も同じく泥沼の連敗劇でゲーム差は縮まらず。逆に5位のヤクルトが盛り返し4位を取り戻したのだった。8月は9勝15敗の6つの負け越し、非常に苦しい月だった。

そして4位ヤクルトと2.5ゲーム差で突入した勝負の9月、ここで踏ん張りを見せたのは先発陣だった。9月2日から甲子園で迎えた阪神3連戦、今年のベイスターズは非常に阪神に分が悪くこの時点で5勝13敗と8つも負け越していた。先のカードでも3タテを食らっていたためイヤな雰囲気を持っていたのだが、ここで石田が7回2失点、翌日の山口も7回2失点で2連勝を飾ると、3試合目も今永が好投しロースコアのゲームに持ち込んだ。この3連戦でどこか苦手意識を払拭できたようなイメージがある。続くヤクルトとのCS天王山では裏ローテながら井納が魂の1失点完投で勢いを作ると、三嶋が今シーズン初勝利を挙げる6回3失点で苦手小川に投げ勝つ。しかしまたしても3戦目に好投石田の勝ちを田中が消してしまう。とりあえず無事2勝1敗で勝ち越し、ヤクルトにプレッシャーをかけた。打線もここから調子を取り戻し、投打がかみ合う試合が多くなった。9月13日の試合でヤクルトに大勝し、ここでついにCSマジック6を点灯させた。翌阪神戦も勝ち越し、最後の広島2連戦もロペスの大活躍もあり2連勝を飾り一気にマジックを減らし、無事3位を確定させた。

他球団ファンからすれば、「なんだCSに出たぐらいで」という反応があるかもしれない。しかしこの10年間に味わった屈辱とふがいなさ、昨年味わった呪いのような負けに「Aクラス入りすら夢のまた夢なのか」という気持ちが支配しつつあった。そんな中でようやくつかんだAクラス。チームの成長を見届けてきただけに単純にうれしかった。

今年は若手野手の台頭はもちろんのことだが3割40本100打点を達成した筒香の活躍、自身キャリアハイの30本越えを果たしたロペスの二人の軸がどっしり構えていたのは大きい。そしてショートの倉本も通年で3割打ちながらショートをキープしていたことなど昨年を大きく上回る成績を残した。そして今年何より頑張ったのは投手陣だろう。

まずは山口、開幕前にラミレス監督から早いうちに開幕投手の指名を受けていたものの足首のねん挫で結局お流れになった。ラミレス監督が現役時代に山口を言葉を交わしており、その時に「僕が監督になったら、エースは君を指名する。」というやり取りがあったそうで、その言葉を裏切らない投手起用となった。今季は3度の故障離脱により規定投球回こそ達成できなかったものの、19試合で138回を投げ、平均投球回ではリーグトップクラスの7.2回を記録する。11勝5敗の成績を残すが完投5回、完封3回は圧巻。9回に150kmを投げる抜群のスタミナを誇り、130球までは余裕で投げられると本人は語る。おそらくラミレス監督が一番信頼を置いている投手だろう。シーズン頭は5失点する日などもあったが、シーズン中盤からは非常に安定したピッチングをし、その活躍たるやまさにエース。防御率も2.86と申し分ない数字となっている。問題といえばそのねん挫癖と緩慢なフィールディングだろうか、そこさえ改善されれば12球団でもトップクラスの能力を持っているだろう。今年FAを取得した山口がどのような選択をするだろうか。もしDeNAを抜けるならば、来年は非常に厳しい戦いを強いられることになる。

二人目は石田、昨年シーズン中盤から頭角を現した2年目左腕。今年は開幕から素晴らしいピッチングを展開した。交流戦前までは菅野、岩貞に次ぐ防御率リー3位をキープ。持ち前のキレのあるストレートとチェンジアップのコンビネーションで凡退の山を築く。しかしながらこちらはスタミナが少なく、長くとも7回でマウンドを降りることが多い。後続に勝ちを消されるケースが多く、今シーズンだけでも5度勝ちを消されている。なかなか無援護体質の持ち主だ。そんな中でも150イニング投げたことは評価したい。1年間ローテを守り切った証なのだから、今年は不運にも勝ち星に恵まれなかったが、来年は最多勝狙ってほしい。

三人目は今永、昨年のドラフト1位で入団したまさにゴールデンルーキー。一時は大学NO.1ピッチャーの呼び声も高かったが、故障を経験し横浜が単独指名で獲得。続々と指名回避したチームをあざ笑うかのように好投を繰り広げた。しかし序盤の好投もことごとく味方の貧打に泣かされ、勝ちが付いたのは先発5戦目にして初だった。どうやら対巨人の成績だけは悪いが、その他の球団はすべて1点台に抑えており、特に今年の広島相手に3勝1敗1.65と圧倒的な成績を残している。石田が柔の左腕なら今永は剛の左腕だろう。ストレートやスライダー、カーブを使うそのピッチングスタイルは往年の杉内俊哉を思わせる内容だ。今年注目をさらに集めたのは今永語録と呼ばれるその求道者的な発言の数々だ。「援護がないという言い訳は防御率0点台の投手だけが言える」、初勝利の際には「広島ではなく、過去の自分に勝った」などその自らに厳しく、どこか哀愁のある独特の言い回しは早速プロ野球ファンの注目の的になった。6月末からオールスター明けに掛けて一度休養を挟んだため、規定には少し足りないが、1年目から130イニングで8勝8敗、2.68は非常に立派な成績だと言えるだろう。

先発で言えばこの3人の活躍は非常に大きかった。その他でも規定をクリアした井納は、今年こそ負け越したけれども、来年は2ケタ勝ってほしい。不用意な一発に泣くシーンや、序盤から連打されるシーンもちょくちょく見かけたので、そのあたり修正してほしい。
三嶋は来季に向けていいアピールが出来たのではないだろうか、以前のようなストレートが鳴りを潜めたのは寂しいが、しっかり6回を投げ切って試合を作れることを終盤戦でアピール。来季はローテ入りする可能性も高いだろう。
今期伸び悩んだ印象が強いのは砂田だろうか、シーズン頭はローテに食い込んでいたが、徐々にスタミナ不足と決め球不足に悩まされた。同郷の先輩のヤクルト石川を習って、しっかり投球術と勝負のできる変化球を身に着けてほしい。期待外れだったのはモスコーソと久保だろう。どちらも規定を投げてほしいという期待があったものの、故障で調子が上がらなかったのか、打ちこまれるシーンが目立った。モスコーソは終盤復帰し何とか健在っぷりをアピール、来期に向けて切られることはないだろうが、第一子が生まれたこともあり、頑張ってほしいところ。

そして今年を支えたといってもいい、ブルペン陣だ。

まずは田中健二朗、昨年は後半戦を2軍ですごしかなりのふがいなさを自分で感じていたよう。その反省もあってか今年に懸ける意気込みはすさまじいものがあった。横浜では貴重な左のセットアッパーなだけに、7回のみならず左が続く場面ではスクランブルで登場するシーンも多い、さらには僅差のビハインドでの登板機会も多かった。そんな彼が今年は60試合近く投げてくれたのは非常に大きなポイントだった。9月に入りさすがに疲れが出たか、打ちこまれるシーンも目立ったものの、8月の終わりまで1点台をキープし続けてくれていた。大きく曲がるカーブとスライダー、キレのあるストレートを投げ込む。特にカーブは相手の腰が砕けるような軌道を描き、タイミングをずらす決め球となっている。

そして須田幸太、先発として芽が出なかった須田だが、昨年から中継ぎとして定着。彼も今年60登板を果たした。彼のピッチングで特筆すべきはそのコントロールとストレートのキレだろう。彼のピッチングのコースを見ると恐ろしいほどに外角低めにストレートが集まる。そこを起点にフォークやカットボールで打ち取って行くスタイルだ。今年は自己最速の150km/hもマークし多くの見逃し三振を奪った。須田もスクランブルやビハインドの登板が多く、非常に負担が掛かるポジションだったが見事投げ抜いてくれた。今年は満塁で広島菊池を見逃し三振に切ったカットボールがベストボールだっただろう。

今年全体的に不安を残したのは三上と山崎の2人だった。彼ら二人が1年目に見せた見事なピッチングからは少し残念な場面が目立ったように思う。三上はなんだかんだ2点台に抑えているものの、やはり問題は山崎だろうか。去年の圧倒的なピッチングとツーシームの強烈な変化はなりをひそめてしまった。三者凡退に切った試合の方が少なく、今年は負けが5つもついてしまった。なんだかんだ2人とも60試合に登板しているため、責められないが、もっとできる力を持っているのは横浜ファンが一番知っている。来季はビシッと最優秀ホールドと最多セーブのタイトルをこの二人に持ち帰ってほしい。

そしてビハインドリリーフ陣、ザガースキーがビハインドで一番投げたピッチャーだろうか、とにかくリリーフとして出てくると四球を出す、とにかく出す。勝ち継投で出てこないため負けはなかなかつかないが、防御率は5点台と傷口を広げてしまうケースが多かった。もし代わりになる投手がいるなら連れてきてほしい。小杉は3点台に抑えまあ及第点だが、もう少しイニングを任せてもらえるよう頑張らなくてはいけない。そして一人春先の大変な時期に頑張ってくれた投手がいる、トレードでやってきた藤岡だ。春にやってきて10試合ほど投げて無失点のまま肘の違和感で2軍に落ちてしまった。もし彼が怪我で落ちなければもう少しブルペンが楽になったんじゃないかと思う。昨年活躍した長田や林を欠くという地味に中継ぎが苦しかったDeNA、この急場をしのいだ4投手には頭が上がらない。

そして今年のDeNAを語る上で外せないのは代打成績の良さだろう。8月まで代打成功率3割をキープという異様なまでに頼れる代打陣だった。乙坂山下は4割近い数字を残し、下園はここぞの場面で結果を残した。なぜか白崎も代打で3割以上を残している。そして右の代打の後藤も左投手に弱いのがネックだが、それでも3割近い打率だ。倉本から始まる下位打線でも点が取れていたのは、ひとえにこの代打陣の頑張りだろう。

そして今シーズンやはりDeNAを支えたのはやはり4番の筒香だろう。 .326 43本 107打点(9月25日時点)で本塁打打点の2冠、打率でも3位につけており、圧倒的な打棒を見せつけている。しかも得点圏打率もリーグトップの.389、出塁率も.435でリーグ2位とまさにセ・リーグ最強打者と言っても過言ではないだろう。昨年は.320 26本の数字を残しており、このまま30本打てればいいねと言われていたが、更に筒香は一皮剥けた活躍をしたのだ。昨年までの課題だった広角へ打ち分けるという技術の習得に、筒香は取り組んでいた。プレミア12の終了後、ドミニカのウィンターリーグへ即参戦。メジャーリーガーなども参加するハイレベルなリーグで、ムービングボールやスピードボールへの対策として身に付けたすり足打法。相手の球を見極める時間を長くとることで懐に呼び込み、自然と逆方向への強い打球が打てるようになった。この打法が成熟したのはおそらく6月に入ってからだろう。4月中はなかなか上手く噛み合わなかったのか打率も3割を切っていた。おそらくモノにしたであろう7月以降は前述のとおり、鬼神のような打撃でチームを引っ張った。日本の四番がチームにいるという贅沢さをかみしめたい。

今シーズンも残すところあと2試合、1試合勝てば15年ぶりのシーズン5割以上が決まる。2連勝すれば2位浮上の可能性さえ出てくる。最後の踏ん張りを期待する。そしてCSでの頑張りも期待だ。頑張れベイスターズ。

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#198 大願成就「今年の横浜DeNAベイスターズを振り返る前編」


 9月19日、ついにファンの願いが1つ叶った。横浜DeNAベイスターズが広島東洋カープを3-1で下し、11年ぶりのAクラスと初のクライマックスシリーズへの出場を決めた。今回はDeNAベイスターズの今年の戦いを前後編で振り返りたいと思う。


ここ10年間で7度の最下位と2度の5位とまさに暗黒真っただ中にあったベイスターズだったが、11年オフに親会社がTBSからDeNAに変わり、少しずつ風向きが変わってきた。巨人OBの中畑清氏を監督に招聘、まずは雰囲気や体質から変え始めた。そして一新されたフロントは高田繁GMをトップに据え、5か年計画でチーム作りをスタート。当初は打力、投手力共にリーグワーストだったチーム力の底上げを図った。2013年にはブランコ、ソト、ソーサの3選手を中日ドラゴンズから引き抜き、5年ぶりの最下位脱出。毎年40あった借金を15にまで減らし、久しぶりにペナントレースを争うまでになった。
毎年のドラフトに寄り着実に戦力を増やしていき、ついに今年のチームにおいては先発ローテーションだけでも井納、石田、今永、久保、モスコーソ、三嶋、砂田とDeNAになってから獲得した選手が中心となった。野手に関しても桑原、倉本、宮崎、梶谷、筒香と中畑政権になり大きく育った選手が中心となった。チームの若返りの成功はもちろんだが、辛抱強く若手の起用を行った中畑監督の功績は大きい。

そんなチームにとって大きな転換期を迎えたDeNAへの売却だったわけだが。もう一つの転換期は2015年に訪れた。

2015年シーズンは4月から絶好調でリーグを牽引、5月中に貯金10を作り独走していたベイスターズ。優勝ないしAクラス入りは確実とささやかれていたが交流戦以降は急転直下。前半戦終了時点で首位だったチームはみるみる内に調子を落とし、最終的には6位に転落、プロ野球史上初の出来事だった。さらにはDeNA以降4年間監督を務めていた中畑監督がこのシーズンを持って退任を発表と激動の1年を過ごしたのだ。このシーズンの収穫と言えば、先発左腕の充実と筒香嘉智の独り立ち、クローザー山崎康晃の成功だろう。何よりシーズン途中まで初めて首位を過ごしたという経験と途中から急降下したことにより、よりハングリーに勝利を意識することが出来たのではないだろうか。

そしてDeNA初の助っ人外国人になったアレックス・ラミレス氏を監督に招聘して臨んだ2016年シーズン、DeNAの逆襲が始まる。

就任当初、ラミレス監督に対して否定的な声が多く聞かれた。1年間独立リーグで過ごしていたことや、監督経験が無いことなど確かに懸念材料自体は少なくなかっただろう。だが私個人の意見で言えばラミレス監督は歓迎、好意的に受け止めていた。以前より氏の監督への情熱は知っていたし、NPBで監督をすることを誰よりも熱望していた。そのために独立リーグでの勉強をしてきたこともわかっていた。2001年からヤクルトでプレーし、12年間で2000本安打を放った歴代屈指の助っ人外国人であるラミレスがデータや傾向を軽んじているわけがないとも思っていた。そんな彼が監督を務めるにあたり、私は当初から失敗するわけがないと考えていた。

当初話題をさらったのは、ラミレス監督の「配球はすべてこちらで指示をする」という発言だった。つまりチームの捕手の配球を信用していない、ひいては捕手の実力不足を指摘した。それもそのはず、2015年度のチーム捕逸・暴投数は78と断トツの最下位。サヨナラパスボールや負けにつながる捕逸が多く見られた。投手の責任もあるが、捕手による部分が大きいとラミレス監督は断じた。
実際のところ捕手によって捕逸の数は大きく変わることがある。千葉ロッテマリーンズのキャッチャーを15年務めた里崎智也は15年間で通算19個しか捕逸を記録していない。この数字はまさに圧倒的と呼べるもので、出場試合数でみると53試合に1回という圧倒的に少ないペースだ。90年代最高の守備型キャッチャーだった古田敦也でも19試合に1個のペースで記録していただけに、この数字の異常さがわかってもらえるだろう。(ちなみにパスボールと暴投の違いは、投球が大幅に逸れるかワンバウンドした場合を暴投、バウンドせずキャッチャーに到達している場合はおおむねパスボールと判定される。)

ここで春キャンプ中にラミレス監督が積極的に起用していったのが2015年ドラフト4位で獲得した新人キャッチャー戸柱恭孝だった。26歳の戸柱は昨年まで社会人野球でプレーしていた叩き上げの選手。それだけあってインサイドワークの熟練度はプロレベルであり、配球に関してもインサイドの使い方をラミレス監督より好評を受けており、配球は戸柱自身に任せる旨の発言を早々に行っていた。見事正捕手の座を射止めた戸柱は開幕戦からスタメンに名を連ね、週6試合のうち5試合を戸柱、山口の先発試合を高城という2人態勢でシーズンをスタートさせた。その効果はあったのだろう。5月終了時点で横浜は12球団1のチーム防御率を記録していた。新人捕手にとってはかなり大変なシーズンになっただろうが、戸柱の功績も今シーズンの躍進に大きく寄与していたと断言できるだろう。
ちなみに今シーズンのチーム捕逸数は現時点で48、昨年から30個も減らすことに成功している。

シーズン開幕当初は例年通りの低空飛行、4月中に早くも借金を10作ってしまった。主力の梶谷をキャンプ中の怪我で欠き、1番に抜擢した白崎の不調、今年獲得した新外国人ロマックの絶望的な打力とそれに引っ張られて全員の打撃が不調に陥っていた。投手陣が好投を続けていただけにかなりもどかしい試合が多く、私が今シーズンワーストに上げたい試合は4月5日の中日ドラゴンズ戦、相手先発若松から8安打を放ち4四球もらっても1点も取れず、逆に杉山の3塁打と若松の犠牲フライの1点を取られて負けた試合だ。さらにその次の試合で小熊に完封負け、次の試合も1-1の延長引き分けと致命的に点が取れない状況が続いた。そして前述のとおり出来上がったのが借金10、今年もダメなのかとファンの脳裏によぎったが、ラミレス監督はこう言い放った。「5月で貯金を10作り、5割に戻す。」

そんなバカなことがあるかと他球団どころか自チームのファンにまで笑われそうな発言だったが、梶谷の復帰が起爆剤となり5月から打線が上向き始める。そしてこの5月から今年の躍進を支えた2人の選手が起用され始めた。桑原と宮崎の2人だ。桑原は2014年から一軍出場機会を少しずつもらっていたものの、2015年は打撃の不調がありレギュラー奪取はかなわなかった。しかし2016年シーズン、当初の1番白崎計画が頓挫すると、日替わりで関根、乙坂、桑原といった外野の若手が1番を務めるようになる。その中でも選球眼があり、守備もそれなりにこなしていた桑原をラミレスは1番に抜擢、そこからはガッツあふれるプレーと意外なパンチ力と得点圏打率の高さで見事1番センターのスタメンを獲得、現時点で.277 11本 49打点 出塁率.350と、代打成績の良いDeNAは下位からチャンスを作ることも多く、そのランナーを帰す役目として非常に大きな働きをしている。2011年ドラフト4位で指名され、今年の大卒ルーキーと同い年になる彼の今シーズンに懸ける思いは非常に強かったに違いない。
そしてもう一人が宮崎だ。DeNAのウィークポイントはサードとセカンドだった。白崎がサード失格の低打率によりスタメンすら取れなくなり、サードとして獲得したロマックも打てない上にサードが守れないという体たらく、さらにセカンド石川も1割と2割を推移していた上に守備がイマイチと他球団に比べてあまりに弱かった。当初は右投手の時は石川、左の時は宮崎という左右で使い分けをされていたが、宮崎がどんどん結果を出し次第に右投手相手でも起用されるようになっていった。懸念されていた三塁守備も次第に良くなり、気が付けば3番や5番の中軸を任されるバッターになっていった。宮崎も今シーズン 313打席で.278 10本塁打 34打点 出塁率.351を残しており大社卒の遅れてやってきた88年世代として活躍している。併殺が多いのがややネックだが、天性のバッティングセンスで三振が少なく、逆方向への強い打球が持ち味だ。

そして5月反攻最大のカギはロペスの復調だった。4月中は1割代に落ち込んだ打率から5月に爆発、筒香と倉本だけが頑張って3割付近をキープしていた孤立無援打線からようやく脱却することに成功したのだ。
そして5月を17勝7敗1分で終え、本当に宣言通りに5月での借金完済を果たしたのだ。

そして鬼門の交流戦を迎える。昨年は貯金10で突入した交流戦だったが、ふたを開けると3勝14敗1分けと11もの負け越しを果たし一気に急降下していった。まさに昨年の悪夢が頭にある中臨んだ今年の交流戦は何とも変な結果だった。1勝2敗で終えた西武戦以外はロッテとオリックスに3連勝、ソフトバンク日ハム楽天に3連敗と非常に極端な結果に終わった。なんとか7勝11敗の借金4つに抑えたが、また借金生活へ戻ってしまった。しかし交流戦明けの巨人阪神戦は5分以上で乗り切り、10勝13敗で悪夢の6月を乗り切った。

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