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#135 いよいよ本題「一人称RPGと三人称RPGその2」

 スクウェアから1987年に発売されたファイナルファンタジー(以下FF)の登場締めくくらせていただいた前回だったが、今回は早速FFがもたらした新しい要素を紹介したい。
 一つは頻度の高いコマンドのショートカットを実現したこと、ドラクエ1の場合ウィンドウを開き、「話す」コマンドを選択し、さらに話す方角も指定したうえで初めて会話が始まったが、FFではボタン一つで会話を行うことを可能にしていた。
 
 そしてFF1にてもっとも印象深いシーンと言ってもよいだろう、最初のボスであるガーラントを倒し、北の橋を渡る際に展開されるオープニングシーンという演出。これは初めて見た人は驚いたはず。今なおFFのテーマとして愛されるメインテーマが初めて流れるシーンでもあり、オープニングシーンの一枚絵の綺麗さは当時のFCの表現力を極限にまで引き出していると言える。

 そして88年発売のドラクエⅢに先駆けてジョブシステムを取り込んでいる部分も見逃せない。よほど偏った編成でない限りクリアできるバランスも絶妙であった。
 というわけで、見事ドラクエとの差別化を果たし人気を得たFFだったが、続くFFⅡ
により、さらに新たな方向性を見出していくことになる。

 そしてここで初めてタイトルの「一人称RPGと三人称RPG」という概念が登場することになる。一つ言っておきたいことは、一人称RPGの方が人気だとかそういったわけではない、あくまでそれぞれの形のRPGということを念頭においていただきたい。
では一人称RPGに代表される有名なゲームシリーズタイトルを紹介しよう(あくまで主観なのであまり気にしないように)。
ドラゴンクエストシリーズ、ポケットモンスターシリーズ、女神転生シリーズ、イースシリーズあたりだろうか。
ではもう一方の三人称RPGに代表される作品というと、FFシリーズ、サガシリーズ、テイルズシリーズ、桃太郎伝説シリーズ、キングダムハーツシリーズ、ファイアーエムブレムシリーズもわかりやすいのでここに入れてしまおう。
察しのいい方はタイトルをみてそれぞれの共通項を見いだせるのではないだろうか、そう前者の作品の主人公は、基本的にデフォルトでの名前の設定が存在しないと言い切りたいところだが、イースの主人公はアドルだろという声もいただくだろう。

一人称RPGの明確な分け方というのは名前の有無というより、主人公がどれだけストーリーで動いているかというところがミソである。思い出していただければドラクエの主人公やポケモンの主人公は自らしゃべることはないというのが鉄の掟である。そういう意味ではイースの主人公のアドルは若干異質であるが、こちらに含まれるのではないだろうかと考えた。

  この一人称RPGのもっともユーザーへ受けている部分というのは没入感だろう、自分の分身がゲームの中にいるという感覚、大きな流れの中で自分が物語を動かしている感覚というものが非常に大きい。私はゲーム=自己実現のメディアであると考える、その実は不可能なことを可能にするということ、私たちは竜王を打倒しアレフガルドに平和をもたらすことはできないし、ポケモンを捕まえ育てて、ポケモンリーグを制覇することはできない。しかしゲームの中でなら、それらは実現できる。その楽しみを最上の是としているのが、この一人称RPGというジャンルなのだ。

三人称RPGについてはまた次回、しばしお待ちを
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#134 同じようでちょっと違う「1人称RPGと三人称RPGその1」

 コラムブログと銘打っておきながら、実のところ紹介に終始してばかりだったため、今日はそれこそ紹介に終わらないものを取り上げたい。
今回はタイトルにあるように「1人称RPGと三人称RPG」という関係性を取り上げたいと思う。ではこの2つの違いって何かといえばという前にRPGの歴史を少しおさらいしよう。

日本のRPGで有名なものと言えばなんだろうか、真っ先に上がるものと言えばやはり「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」だろう、もうちょっと足すなら「テイルズオブシリーズ」や「ポケットモンスター」さらには「女神転生&ペルソナシリーズ」、「サガシリーズ」、「イースシリーズ」、「英雄伝説シリーズ」・・・・まさしく際限がない。そんな国産RPGも元をたどれば海外のゲームに行きつく。

1980年に発表された「ローグ」というPCゲームからRPGというジャンルは始まった。※1
この時生まれたローグというゲームは、パソコン上の文字記号をキャラやアイテムに見立てて表威していた。たとえば主人公は「@」、剣は「)」、杖は「/」といった具合に。
マップの一例
ローグ
引用元:ローグwiki

こんな感じでフロアを俯瞰で見た図になっており、こちらが一歩動けばモンスターも一歩動くというように、敵にやられないように道具を集め、このダンジョンを踏破していくという内容だ。どこか見覚えがあるゲームだなと思った方は鋭い、そう「不思議なダンジョンシリーズ」はこの内容を踏襲しているのである。不思議なダンジョンシリーズはどんなジャンル分けをされているかというと「ローグライクRPG」つまり「ローグのようなRPG」という呼び名で、今の時代にも「ローグ」という名前が残されているのだ。

少し話が逸れてしまったが、RPGの母と呼べるのはこのローグという作品だ。しかし日本に初めてRPGを持ち込んだドラゴンクエスト※2へ直接影響を与えた作品は間違いなく「ウィザードリィ」や「ウルティマ」だろう。

ウィザードリィをプレイすれば、戦闘や職業などの部分を見て「あ、これドラクエじゃん」と思うこと多々ありだろう。そしてウルティマをプレイして町やフィールドの俯瞰画面を見れば「あ、これドラクエじゃん」と思うこと間違いなし。つまりドラクエはこの2本のいいとこどりをして生まれたゲームなのだ。個人的な見解を述べれば、国産RPGで最もウィザードリィに影響を受けているRPGはセガから発売された「ファンタシースターシリーズ」ではないかと考える。セガマーク2版の雰囲気はかなり近しいものを感じる。

1986年にエニックスより発売された「ドラゴンクエスト」は爆発的な人気を見せ、150万本を売り上げるヒット作になった。ドラクエの大ヒットにより、世の中には模倣RPGが氾濫することになる。そんな中一線を画したシステムを持って現れたRPGこそ「ファイナルファンタジー」だったのだ。

今日はここまで、続きは次回。

注釈、細かい部分にうるさい人用
※1
RPGの元をたどればファンタジー小説の指輪物語などの役割を机上で行うTRPG(テーブルトークRPG)が源流にあり、1974年発売のダンジョンズ&ドラゴンズあたりまでさかのぼることになるが、長ったらしいので電子ゲーム上のRPG誕生という形としてローグを祖とする形をとる。

※2
日本で初めてRPGと銘打たれた「頭脳戦艦ガル」は明らかにシューティングゲームなので除く。

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#133 テレビゲーム界のヒーロー「スーパーマリオブラザーズ」

日本製のゲームと言えば何が有名だろうか、ポケモン、ゼルダ、ファイナルファンタジー、ドラゴンクエスト、モンスターハンター、メタルギアソリッド、ストリートファイター、ロックマン、パックマンetc・・・枚挙に暇がないというのはまさにこのことだろう。
 
日本にテレビゲームの文化が生まれた1978年、始まりはインベーダーゲームであった。100円玉を積み重ねて喫茶店の筐体に打ち込む姿はゲームセンターの始まりでもあった。その後セガやエポック社から家庭用ゲームが発売され、ゲームは家庭へと移った。しかしながらその時点ではゲームはまだ市民権を得てなかった。日本でテレビゲームが当たり前のように遊ばれるようなるのは1983年に任天堂より発売されたファミリーコンピュータ(以後、「ファミコン」と略す)の登場を待たなくてはならない。

 そしてそのファミコン人気を押し上げた立役者と言えば「マリオ」だろう。今や誰もが知っている、赤い服と帽子を身にまとい、オーバーオールを履きこなし、立派な口ひげを蓄えたナイスミドル・・・もとい26歳。実はもともとの設定では大工だったが、土管と下水を思わせるステージが多いことから配管工とされることが多い、しかしながら現在定まった職業の設定は存在していない。

 彼が初めてゲームに登場したのは、任天堂が発売した「ドンキーコング」までさかのぼる。1981年にアーケード版が発売され、今までになかった複数面構成と、女性を連れ去っていくドンキーコングを追いかけていくというささやかなストーリー性は、当時のゲームにおいて斬新であった。このゲームの敵はもちろんタイトル通りのドンキーコングなのだが、実はこのときヒーローであるマリオは名前がなかった。
 
 当時、英米国では「Mr.ビデオゲーム」だとか、日本では「ジャンプマン」、「救助マン」などと呼ばれていた。
 外国での呼称である「Mr.ビデオゲーム」という呼称は、のちにマリオが世界で最も知られているゲームキャラクターとしてギネス記録に認定されたこともあり、名実ともにマリオのものになったのも感慨深い。
 この当時はトレードマークの赤いシャツに青いオーバーオールの配色が逆になっていたりとマリオという一つのキャラとしては完成していなかったことがうかがえる。
 
 そして「ドンキーコング」はヒットし、任天堂はファミコンの発売に踏み切る。1983年に発売されたファミコンのローンチタイトル(ゲーム機本体と同時発売のソフト)としてドンキーコングも名を連ねることになる。そして同じく83年に発売された「マリオブラザーズ」にて、ルイージの登場や現在のマリオの原型が出来上がることになり、初めてゲームのタイトルに「マリオ」の文字が載ることになった。なお、初めてマリオと名付けられたのは1982年に発売されたアーケードゲームである「ドンキーコングJR.」という作品で、マリオとしては珍しい悪役として登場している。ちなみに名前の由来は、NOA(ニンテンドー・オブ・アメリカ)の社員が、NOAの倉庫の大家さんであるマリオ・セガール氏とキャラ造形が似ていると言ったことが発端だと言われている。実写映画版では「マリオ・マリオ」というフルネームが紹介されているが、これらはゲームの公式設定ではない。

 そしてテニスの審判(1983年発売、テニス)や、ビルの解体業(1984年発売、レッキングクルー)を経て1985年に「スーパーマリオブラザーズ」が発売となる。

 誰もがファミコンのゲームと言えばまず思い浮かべるであろう傑作、当時アクションゲームなどは1画面の中で展開されるものがほとんどであったが、このゲームでは横スクロール式を採用している。画面が右奥から左へ流れていくようにステージが進む形である。そして何よりすぐれていたのがその操作感、流れるような慣性の表現やスリリングなステージに小気味良いBGMは瞬く間にプレイヤーを熱狂させた。

smb001.png

タイトル画面、あのBGMが脳裏によぎる

累計販売本数は国内で680万本、全世界累計で4000万本とされている。 
歴代国内ゲームソフト売上本数データベース
http://geimin.net/da/db/ruikei_fa/

 これを見るに、赤、緑の2バージョン存在する初代ポケモンには一歩引けを取る形になったが、いまだ単独タイトルでは1位を守り続けている、その下の3位にNewスーパーマリオブラザーズが追随しているのも感慨深い。
 ちなみにファミコンの全世界販売台数は6800万台と言われているため、「スーパーマリオブラザーズ」は全ファミコンユーザーの3人に2人があそんだゲームと言える。もちろん世界累計売り上げに直せばポケモンを抜いて堂々の1位に繰り上がる。ご覧のとおり世界累計販売本数がすさまじく、日本以上にアメリカではマリオ人気が高い。マリオとゼルダの伝説の生みの親である宮本茂氏は海外での評価が非常に高く、世界中のゲームメーカが一堂に会する業界最大のイベントであるE3やイギリスのDevelop Conferenceで氏が登壇する際の拍手や歓声のすさまじさはまさにスターのそれであるといえよう。

 アタリショックなどでユーザーのゲーム離れが深刻化していたアメリカ市場や日本に根付き始めていたファミコンを爆発的に普及させたこの作品は、まさにゲーム業界の礎を築いた作品と評されている。

 今なおその面白さは色あせず、GBAで発売されたファミコンミニシリーズでも100万本以上売り上げるなど、時を経てもマリオここにありと見せつけた。
 スーパーマリオコレクションなどで幾度となくリメイクされている本作だが、やはり独特な雰囲気はファミコン版でのみ味わえるもの、このゲームをクリアできるかどうかがゲーム上手とゲーム下手の線引きともいわれる。
かくいう私も昨年の11月までファミコン版をクリアしていなかったのがちと恥ずかしいところだ。
 今でも面白いこの一本、まだ遊んでない方がいれば、是非一度手に取っていただきたいものだ。

テーマ : スーパーマリオ
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野球とF1とゲームと漫画をこよなく愛す
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